鎌倉の山あい、谷戸の奥に、古い町工場がある。創業六十年、金属加工の『山岸製作所』――その三代目社長、山岸健一が、清水小綾の事務所を訪れたのは、桜が散り始めた四月のことだった。「先生、ものづくり補助金に、挑戦してみたいんです」。健一の声には、緊張と期待が、半分ずつ混ざっていた。職人の手で長年やってきた工場に、最新の三次元加工機を導入したい。けれど、自己資金だけでは足りない。「補助金って、申請が通るのは三割やそこら、って聞きました。それでも、やってみたい」。小綾は、力強く頷いた。「やりましょう。一緒に、挑戦しましょう」。 翌週、二人は工場の事務室で、申請書類の山と向き合った。事業計画書、設備投資計画、収支計画、市場分析、従業員のスキルマップ――。「補助金の申請って、こんなに、書くんですね」と健一は唸った。「補助金は、お金をもらうための作業じゃないんです」と小綾は言った。「自社の事業を、改めて言葉にする機会なんです。何が強みで、何を変えたいのか。それを、自分自身が一番、整理できる」。健一は、はっとしたような顔をした。彼にとって、工場は『当たり前にそこにあるもの』だった。それを、外に伝える言葉に、翻訳する作業。それは、思いのほか、深かった。 事業計画の言語化は、二人三脚の作業だった。小綾は、健一の話を、ひとつずつ問い直していく。「ここで使う『品質』って、具体的に何を指しますか?」「お客さんが評価してくれる『うちならでは』は、何ですか?」。健一は、職人の言葉で答える。小綾は、それを、補助金申請者に伝わる言葉に翻訳する。「『ミクロン単位の精度』、これは『顧客が他社では実現できないと評価する加工精度』と書きましょう」。文字に直された自社の強みを、健一は何度も読み返した。「うちの工場って、こんなにすごい仕事してたんやな……」。 補助金は、ただのお金ではない。それは、事業の『起爆剤』であり、同時に、新しい責任の入り口でもある。小綾は、健一に何度も伝えた。「採択されたら、そこからが本番です。設備投資、雇用、計画通りの実行、報告書の提出。三年〜五年の伴走になります」。健一は、静かに聞いていた。「先生、それでも、私はやりたいんです。父から受け継いだ工場を、息子の世代に渡すために、いま、変わらないといけない」。その目は、補助金そのものではなく、その先にある、自分の工場の未来を見ていた。 申請書を提出してから、採択結果を待つ三ヶ月間は、長かった。健一は、毎週、不安そうに小綾の事務所を訪れた。ある日、彼の妻から、小綾の携帯に電話が入った。「先生、夫が、夜眠れんって言うんです。落ちたら、どうしようって。先生、もしダメだった時、夫を支える言葉、いただけませんか」。小綾は、しばらく黙ってから、こう答えた。「奥様、結果がどうあっても、健一さんは、もう、変わってはるんです。事業を言語化した。スタッフと未来を語り合った。そのプロセスは、補助金より、ずっと価値があります」。電話の向こうで、ほっとする息が、確かに聞こえた。 採択の知らせは、ある朝、メールで届いた。健一は、すぐに小綾に電話をかけた。「先生っ、通りました! 通ったんですっ!」――声は、半分泣いていた。小綾も、湯気の立つお茶を持ったまま、思わず立ち上がっていた。「健一さん、おめでとうございます。これからが、本番ですよ」。電話の向こうで、健一の妻が、台所で泣いている声が、かすかに聞こえた。三ヶ月の不安が、ようやく、報われた瞬間だった。鎌倉の朝が、いつもより、少しだけ明るく感じられた。 補助金の交付が決まり、新しい設備が工場に運ばれてきた日、小綾も立ち会った。三次元加工機が、トラックから降ろされ、工場の奥にゆっくりと据え付けられていく。「これで、うちは、変わります」と健一は言った。けれど、彼の目は、新しい機械だけを見てはいなかった。古い旋盤、父の代から使っている工具棚、職人の作業台――すべてに、視線が均等に注がれていた。「新しいものが入っても、古いものは、捨てません。両方、必要なんです」。小綾は、その姿勢に、補助金の本当の意味を見た気がした。 一年後、山岸製作所は、新しい挑戦を続けていた。新規顧客の開拓、若い職人の採用、海外向けのウェブサイト制作。補助金は、終わりではなく、始まりだった。健一は、小綾の事務所に、年に四回、定期的に顔を出すようになった。「先生、次は、人材育成の補助金、考えてみたいんですけど……」。小綾は、笑った。「健一さん、すっかり、補助金マスターですね」。健一も照れ笑いを浮かべた。「先生に教わってから、なんでも、まず計画書に書いてみる癖がついて」。鎌倉の谷戸の風が、工場の窓から入り、新しい機械の音と、古い機械の音と、両方を、優しく撫でていった。