創業から半年。長崎の坂の街の、小さなオフィスには、まだ山下大貴ひとりだった。朝、ノートパソコンを開いてから、夜、閉じるまで、コードを書き、メールを返し、資料を作り、請求書を起こし、トイレ掃除までする。すべてを、ひとりで回していた。「会社って、こんなに、たくさんの仕事があったんだな」――彼は、何度も、つぶやいた。それでも、楽しかった。プロダクトのアイデアが浮かんだ瞬間、ユーザーから感謝のメールが届いた朝、銀行口座に最初の売上が入った夜――それらの一瞬は、すべての疲れを、ふっと、吹き飛ばしてくれた。 けれど、限界も、感じ始めていた。深夜二時、ベッドに倒れ込みながら、彼は思った。「明日も、これを続けられるだろうか」。ひとりでは、見える景色に限界がある。誰かと話すことで、初めて気づく視点がある。「最初の社員を、迎え入れる時期だ」。そう決めた夜、彼は、Twitterに、求人の投稿を一本だけ流した。長文の、生成AIスタートアップで一緒に働く仲間募集。ターゲットは、経験者だけでなく、可能性を信じてくれる人。「給料は、まだ、東京のスタートアップほどじゃない。でも、世界を変える物語の、最初のページに、一緒に立ちたい」――。 応募は、三日で十二件、来た。山下は、一人ひとりに、丁寧に返信し、オンラインで面談した。中には、有名企業の経歴を持つ人もいた。だが、彼が最も惹かれたのは、福岡に住む二十六歳のエンジニア・健斗だった。職歴は、決して華やかではない。地元の中小SIerから、一度フリーランスを経験し、いまは派遣で働いている。だが、面談の最後に、彼は山下にこう言った。「自分の人生で、ゼロから何かを作る経験を、まだしたことがない。Garoopで、それを、やらせてください」。山下は、その言葉に、心を動かされた。 採用面接という名の、長い夜の話があった。山下は、健斗に、Garoopの理念、現状、未来、リスク、すべてを正直に話した。「うちは、まだ、いつ潰れてもおかしくない会社です。給料は、東京よりも低い。福利厚生も、まだ整っていない。それでも、来てくれますか」。健斗は、しばらく黙ってから、こう答えた。「山下さん、僕が一番欲しいものは、安定じゃありません。可能性です。Garoopには、それがある。だから、来ます」。山下は、画面越しに、深く頭を下げた。「ありがとう。一緒に、やりましょう」。長崎の夜が、その瞬間、少しだけ、明るくなった気がした。 健斗が入社して二ヶ月後、二人目の社員が決まった。デザイナーの彩。さらに三ヶ月後、コンテンツディレクターの真理。少しずつ、Garoopは、『山下大貴の個人プロジェクト』から、『チームの会社』へと、変貌していった。山下は、ある日、ふと気づいた。「俺一人だった頃と、違う。プロダクトを見る目が、四つ、八つ、十二、と増えていく」。それは、ただ手が増えるだけじゃない。視点が増えることで、プロダクトの幅が、深くなる。健斗は、技術の精度を担保し、彩は、ユーザー体験に温度を与え、真理は、物語の重みを増した。 けれど、チームが大きくなることは、新しい課題も、運んでくる。意思決定のスピード、情報共有、優先順位、評価制度――。山下は、自分のリーダーシップが試されているのを、日々、感じていた。「俺が、ぜんぶ決める時代は、終わった。でも、ぜんぶ任せる、というのも、まだ早い。ちょうどいい『関わり方』を、毎日、模索する」。それは、エンジニアリングよりも、ずっと、難しい仕事だった。彼は、ノートに、毎日、日記をつけ始めた。今日の判断、迷い、後悔、学び。それらを言語化することで、自分自身の輪郭を、保とうとしていた。 創業から二年が経ち、最初の社員・健斗が、山下の前で、頭を下げた。「山下さん、僕、自分で会社を、立ち上げたいんです」。福岡で、地域密着のITサービスを始めるという。山下は、一瞬、寂しさを感じた。けれど、すぐに、深く頷いた。「健斗、やろう。俺たちは、健斗の挑戦を、最後まで応援する」。最後の日、健斗は山下に言った。「Garoopで学んだことは、僕の人生の宝物です。山下さんと働けて、本当に良かった」。山下は、彼を、坂の途中まで、見送った。長崎の夜風が、二人の背中を、優しく押していた。 最初の社員が去ったあと、山下は、しばらく、ひとりで考えた。「会社、って、何だろう」。それは、人が集まる場所でもあり、人が巣立っていく場所でもある。「卒業」がある会社、それも、悪くない――そう、彼は、ようやく思えた。Garoopは、これから、もっと多くの人を、迎え入れ、見送ることになる。すべての出会いが、互いの人生に、何かを残せたなら、それで、この『会社』という器は、十分に、機能している。山下は、健斗から贈られた、福岡の銘菓のお菓子を、机の引き出しに、そっとしまった。それは、未来へのお守りだった。